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		 民衆が作り出した文様 
		
		これまで、江戸時代を中心に、明治時代にかけて市井の人々に愛された文様を、2年余にわたって見てきました。 
		江戸時代、寛永10年から「鎖国令」が出され、外国との交流が制限されました。 
		けれども、実際には国内の産業や経済はそれなりに活発になり、江戸をはじめ、京、大坂などの街も経済的な力がつき、 
		街の中は活気が満ち、さまざまな産業や職業が生まれ、店も軒を連ねるようになりました。 
		もちろん社会的には身分制度があり、さまざまな歪みはあったにせよ、 
		庶民の間でも生活に少しずつ余裕ができ、新しい文化が開花し始めました。 
		そんな中で、旗本はさまざまに贅沢の禁止令があったうえ、江戸常駐を義務づけられ、 
		ある意味消費者となり生活が苦しくなりました。 
		武士よりも経済的に力を持った商人が出てくると、 
		幕府は贅沢品を戒めるために、町人や農民に奢侈禁止令を出しました。 
		しかし民衆はその規制をかいくぐって、知恵を出し、新しいものを作り出します。 
		幕府は度々禁止令を出すのですが、庶民のエネルギーはその流れを止めることができませんでした。 
		経済力をつけた町人の力は新しい産業、新しい文化を創り出してゆきます。 
		特に江戸の町人を中心にした文化「町人文化」が生まれました。 
		大坂、京都も同じように江戸時代の中期から後期にわたって栄え、一気に物作りが盛んになり、 
		当然それに関係する「文様」も大きく変化、発展しました。
  
		日本の文様の多様性は今まで見てきましたが、 
		多くの文様は自然そのものや、自然から影響を受けた形を図案化しています。 
		植物、動物、自然現象はもちろん、 
		自然が持っている生命力、エネルギーまでを霊的力として文様に反映しています。 
		常に自然と謙虚に向き合い、そこから生まれる感性で 
		吉祥的な意味合いを見つけ図像化していることが解ります。 
		文様を丁寧に見てゆくと自然の移ろいが見え、歳時記的な流れがわかるぐらいに、 
		一年を通して自然と対峙しています。 
		その中から日本人の心の持ちようも見えてきます。 
		さらに、語呂合わせ的なユーモアたっぷりな文様も大人気でした。 
		皮肉にも、海外との交流に制限があった時代だからこそ、いっそう日本人独自の感性が鋭くなったともいえるでしょう。
  
		江戸中期から後期にかけて庶民が作り出した文様は、世界に類を見ないほどの種類と質の高いものです。 
		日本の庶民の愛した文様は、遊び心があり、したたかさがあり、隠されたパワーと意味合いを持っていました。 
		庶民の文様ゆえ、その意味合いを皆が共有し、気軽に使いました。 
		しかし、その影には着物を扱う商人の、したたかな商売人としての力がありました。 
		民衆の心をうまく把握し、それに合わせた宣伝をし、購買欲をあおったのです。 
		染めや織りに関わる職人に対しては厳しい条件もあったでしょう。 
		しかし、腕のある職人は自信があり、金銭抜きの納得のゆく仕事をしました。 
		多くの人たちはそのことを理解していたでしょう。 
		庶民はそれらの上を行くような知恵を出したものです。 
		呉服屋で新品を買うのはごく限られた人だけ。 
		ほとんどの人は古着屋で買い(古着といっても1度しか手を通してないもの、未使用に近い着物もありました)、 
		染め直したり、洗い張りをして使い回しをします。そして、そういう所にも美を見いだすことをしています。 
		ものを大切に扱い、最後まで使い切る例として、布を通してエコな考えが進んでいたことを以前に書きました。 
		それは事実ですが、こういったエコの考えが幕府にあって組織的にこのような政策が行われたのではありません。 
		実際には「古着売り」も、「灰買い」も、当然ながら生活の必然から生まれた商売であり、 
		資源の少ない日本であり、都会であったゆえに、こういった商売が経済的にも、それぞれ生活が成り立っていたわけです。 
		江戸は100万人都市ゆえにさまざまな商売が生まれ、 
		個人個人が良くも悪くも知恵を働かせた、エネルギッシュな街でした。 
		そういった中からエコの街ができ、町人文化が生まれたのでしょう。 
		ある意味、物が少なかったこそ、こういった環境が生まれたのでしょう。 
		多くの文様を振り返ってみると、江戸時代の人たちの、人間としての豊かさがじわじわと伝わってきます。
  
		 
		  
		
		シリーズ最後の文様は小宮康孝さんが染めた古帛紗。 
		江戸時代から伝わる「厄除」文様。皆さんのこれからの無事安泰を祈願して。 
		しかし、この文様、どんな厄か、わからないものがたくさんあります。ご存じの方はお知らせください。 
		(こんなことでは厄払いにはなりませんか?)
  
		 
		
		111回と長きにわたって、このコラムを見て頂いた方々に感謝申し上げます。 
		わたしの本業ではない原稿書きには毎回苦労しました。 
		あちこちの資料を読み、調べ、にわか知識の知ったかぶりを書きましたが、 
		わたしにとっては毎日、新たな出会いがあり、とても楽しく幸せな時間でした。 
		「横浜きものあそび」の3人には2年間にわたり、発表の場をいただき大変感謝申し上げます。 
		また、面白い話が書けそうになったら顔を出すかもしれませんが、 
		ひとまず、これをもって「クマさんの文様がたり」を終わらせて頂きます。 
		長い間、ありがとうございました。 
		引き続き「横浜きものあそび」はご贔屓ください。では。 
		 
		熊谷 博人 
		03 September 2014 
		*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します 
		
		
			
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