クマさんの和更紗草子 其の十三

和更紗おもしろ柄⑩

幾何Ⅰ(縞、格子、格天井、菱)

幾何学文様といっても、和更紗の場合は基本になる形が幾何学的な感じというだけです。
その基本形に草花やさまざまな装飾が加えられているので、幾何学文様の冷たさや堅さはありません。
ゆるいゆるい幾何学文様といった感じでしょう。

今回はその中でも、直線的な文様を中心に見てゆきます。
一番単純な直線文様は「縞」ですが、格子文様もその中に含まれます。
江戸小紋などは縞の線の細さを競い合って、1寸の巾に20本以上の線(縞)を染めています。

しかし、和更紗は基本形は縞であっても、
その縞をいかにインド更紗のように異国情緒に満ちた感じにするか、いかに装飾するかがポイントでした。
細い縞の中に花柄を入れたり、縞と縞の間に面白い図案を入れたりと工夫されています。
離れて見れば縞に見えるけれども、近づくと面白い文様で埋められています。

室町時代に、インドや東南アジアから日本に渡った更紗を「古渡り更紗」といいますが、
古渡り更紗のなかにも縞文様があり、これを「段更紗(だんさらさ)」と呼びました。
したがって、和更紗の縞文様も「段更紗」ということが多いようです。

格子文様には更紗よりも複雑に構成されたものが多くなっています。
縦横の格子、菱形のような斜め格子、変わり格子など多く見られます。

1 白地有平縞(あるへいじま)
南蛮貿易で日本に渡ってきた、ごく初期の手描き更紗を模倣して
江戸時代の中頃に型で染められた和更紗。
「有平」とは桃山時代に伝来した南蛮菓子「アルヘイ糖」が
赤、白、青の縞模様であったところから付けられた名前です。
単純な文様ですが、古渡りの有平縞更紗は手描きであり、
カラフルな縞模様だったので当時の人気の柄になったようです。
洒落男が使ったと思われる、煙草入れが残っています。



イラストは現在でも作られている「アルヘイ糖菓子」
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*画像はクリックで拡大されます


2 白地草花入り段更紗 堺 江戸後期
赤白の縞に墨線の草花文様、といった単純なパターンですが、
藍染めの文様ばかり見慣れた江戸時代の人たちにとっては
とてもお洒落な柄に見えたことでしょう。
逆に、この素朴な感じは現代のシャツ文様としても
十分通用できるのではないでしょうか。
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3 白地花入り段更紗 長崎 江戸後期
広幅木綿の風呂敷状の部分です。
これも色数の少ない文様ですが、
インドの更紗のなかにこれに似たものがあります。
ただし、インドの更紗は黄色が鮮やかに染められています。
日本でもそれに近づけようといろいろと試みたのでしょう。
しかし、このように「黄土色にしか染められませんでした」と、
そんな形跡が感じられる更紗です。
この、黄土色と黒の組み合わせは、
長崎の更紗によく見られる色合いです。

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4 緑地花入り段更紗 京 江戸後期
インド更紗にほぼ同じ柄のものがあります。
色ももっと鮮やかです。
インド更紗のこの柄は日本でも大変人気が高く
茶道具を包む袋物や煙草入れなどがいくつも残っています。

余談ですが、東京国立博物館のミュージアムグッズとして
この文様(もっと鮮明です)の製品が売られています。

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5 白地草花入り段更紗 明治
明治時代になると海外から染料が輸入され、
文様の色も一気に鮮やかになりました。
特に、赤系統の色はその特徴が顕著でした。
緑色も江戸時代は
藍色を染めた上に黄色を重ねて染めていましたが、
明治になり、緑の染料が輸入されたので
重ね染めの必要がなくなりました。
この更紗の文様もインド更紗の一部分を模倣したように見えます。
インド更紗は2メートル近いものもあり、中央に生命の樹を置き、
その周囲に草花や鳥獣を配して、一つの理想郷を描き出しています。
その理想郷の花文様のなかにこのような柄がちりばめられています。
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6 茶地花入り斜め格子文様更紗 京 江戸後期
菱形の中に花柄を入れ込んだ、小紋風の文様です。
単色でも難しい文様ですが、
色数が多いのでさらに高度な技術が必要です。
型の彫り師と染め師の連絡が密でないとできない仕事です。
この、レベルの高さは京都で型を彫り、
京都で染めたものでしょう。
いかにも日本人好みの更紗となっています。
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7 緑地花入り菱格子文様更紗 京 文化文政
和更紗にしては珍しい色調です。
残念ですが、何で染めたのか材料は不明。
単純な文様ですが、品格のある菱格子文様です。
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8 白地花入り変わり格子文様更紗 京 江戸後期
さらに細かくなった文様は、型の染め師と更紗の染め師が、
お互いの技術を競い合ったのではないかと思われるような仕事ぶり。
少し離れて見ると変わり格子の文様がリズミカルに見え、
近づくと可愛らしい花柄がひとつひとつ見え、趣が変わります。
視点の移動で文様の見え方が大きく変わります。
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9 縹地花文様変わり格子文様更紗 京 文化文政
和更紗としては古いものですが、
文様や色調に気品があり、格調の高い更紗です。
インドやペルシャの更紗の縁取り文様を
参考にしたのではないかと思われます。
今から200年前に、このようにカラフルな木綿染めが
できていたことに驚きます。
現在の染め物と比べても遜色ないでしょう。
こういう更紗を見ると、
江戸時代の職人の技、感性に感服してしまいます。
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10 白地花入り変わり格天井文様更紗 京 江戸後期
お城や寺院など豪華な天井を思わせる「格天井文様」です。
この柄も大変人気があり、
同じ柄で色違いのものが何種類も現存しています。
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11 縹地紋入り変わり格子文様更紗 京 江戸後期
黒糸目(輪郭線)の繋ぎがゆるめですが、
それがかえって面白い味わいです。
釣り(バックのベタ版)も型置きのズレで白くなった部分が効果的で、
ひとつの文様として見えます。
全体にこの「ゆるさ」が許されたわけで、面白い時代です。
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12 薄蘇芳地花入り変わり菱繋ぎ文様更紗 京 江戸後期
現在でもこのまま使えるような
高いレベルの技法であり、デザインです。
細い糸目は墨の型だけで3枚は必要でしょう。
全体では10枚近い型が使われていると思われます。
イスラム寺院やヨーロッパのタイル文様から
影響を受けたと思われます。
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13 茶地花入り変わり格子文様更紗 京 文化文政
「佐羅紗便覧」に似た見本があります。
古渡り更紗の影響を受け、
さらに複雑に構成した文様といえるでしょう。
これも糸目は3枚かそれ以上でしょう。
少しの歪みやひずみも許されない仕事。
日本人の性格に合っていたのかもしれません。
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14 緑地鳳凰花入り斜め格子文様更紗 京 文化文政
このような更紗を見ると、文化文政時代の京都では
高度な和更紗が染められていたことが、よくわかります。
当然、木綿の生地に染められていたので一般の町民が、
自由に購入できたと思われますが、
それなりに高価な染め物だったでしょう。
それにもかかわらず、
このような高いレベルの更紗の需要があったわけで、
江戸時代の衣文化の高さが解ります。
需要があれば、それなりに素材も、技術も高度なものが生まれ、
さらに発展するわけで、
このことは現代の染織文化にもいえることではないでしょうか。
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15 鼠地花鳥入り変わり格子文様更紗 京 江戸後期
和更紗のなかでも特に技術の高いものでしょう。
色数が少ないのがかえって、
型の精緻さを上手く活かしているのではないかと思います。
向かい合わせの鳥文様は夫婦和合のシンボル、
おめでたい文様となっています。
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16 茶地唐草入り変わり格子文様更紗 堺 江戸後期
格子文様とはいえないかも知れませんが、
太い飾り枠のデザインが見事。
堺更紗の特徴であるプルシアンブルーと黄土色、茶色は
染めた当時の色を残しています。
文様としても完成度の高い更紗でしょう。
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最初にも書きましたが和更紗の幾何文様は装飾性が高く、
基本線は幾何文様であってもその枠をはるかに超えて、自由に文様を構成しているところが魅力です。
その背景には江戸時代の町民の安定した生活から産み出された、豊かな感性があったからでしょう。

11 May 2019

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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