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		月の鏡小春に見るや目正月
  
		秋の穏やかな夜に満月を愛でた松尾芭蕉の句だそうです。 
		目の正月、眼福とも言いますが、美しいもの、珍しいものを見たときの幸せを表す言葉が「目正月」です。 
		お正月がなんだか普通の連休並みになってしまった現代では「目正月」は死語かもしれませんね。 
		それでも、美しいもの、珍しいものを見たときの感動や幸福感は今も私たちの心に必ずあるはず。 
		横浜きものあそびでは、そんな幸福感を「目のごちそう」と名づけようと思います。 
		シリーズタイトルは「目のごちそう 知のビタミン」。 
		きものにまつわる美しいものを見る楽しみ、 
		知らなかったことを新しく知る喜びを、みなさんと共有したいと思います。
  
		  
		
		第一弾は、日本民藝館で始まった「琉球の紅型」展を見に行きました。 
		ご存じの方も多いと思いますが、東京・駒場の日本民藝館は、 
		「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として、 柳宗悦たちが、1926年に開設した博物館です。
		 
		  
		
		建物自体が、とにかく素敵です。 
		館内は撮影禁止なので玄関まわりだけご紹介しますが、さすが日常の美を追求した民藝運動の総本山だけあります。 
		なんとも言えない静けさと穏やかさを醸し出しす、この佇まいが若いころから憧れでした。
		 
		  
		  
		
		さて本題の「琉球の紅型」展です。
		 
		  
		
		沖縄復帰40年記念特別公開として、今回は所蔵する135点から約70点を見せてくれています。
  
		
		まずは2階の大展示室へ上がっていきました。そして… 
		展示室の入り口手前で、ガラスケースの中の帆掛け船と青海波を合わせた文様の型紙に一目ぼれです。 
		今週の「クマさんの文様がたり」のお題も「船」ですが、江戸文様の和舟がのんびりとした風情なのに比べて 
		琉球の文様のなんとダイナミックなことか! 外国との交易が当たり前だった琉球と鎖国ニッポンの違いでしょうか。 
		帆には縞と水玉文様が彫られていて、すごくポップです。19世紀のデザインとは思えない。 
		展示室内に、この型紙を使った紅型がありましたが、もう見ているだけで嬉しくなってきました。 
		白地に紅と藍をそれぞれ濃淡つけて染めています。トリコロールのマリン柄ですよ! 
		若々しく、生き生きとした文様と色には、遠いヨーロッパの香りが漂っているようでした。 
		こんなきものを着てみたい! 欲しい!と手が延びそうになりました。
  
		
		6月のサントリー美術館の「紅型展」では、すべてガラス越しでしたが、 
		こちらは直に見せているものが多く、素材感がよく分かります。 
		苧麻に染められた紅型は、素材のハリと滑らかさからか、シャープな印象です。 
		一方、木綿の紅型は和更紗と同じように柔らかい線に仕上がっています。 
		同じ型紙を使っても素材の生地によってずいぶん違うものが出来上がるということなのですね。 
		また、木綿の紅型はそのふっくらとした素材感から、とても暖かそうに見えます。 
		袷の衣装はほとんど木綿のようですから、木綿は冬着が多いということなのでしょう。
  
		
		また色遣いによっても、たいそう印象の違うものが出来てきます。 
		今回、大展示室には同じ型紙で、3種類の色遣いの紅型が展示されていました。 
		最初に見たのは、The 紅型といった感じの濃いピンクの地に様々な色を使った豪華なものでした。 
		しばらく歩みを進めると、今度は同じ型紙で白地に3色で文様を入れたものが。 
		これはちょっと寂しいなと思っていたら、次にやはり白地ではあるものの5~6色で文様を染めた紅型がありました。 
		「うん。私の趣味はこれだな」と思ったのですが、昔これらの染めを注文した人も、そんな感じだったのではないでしょうか。 
		同じ型紙を使っても、色や素材で、若い人から高齢の人まで、それぞれに合わせた衣装が作れる。 
		型染めの面白さを教えてもらった気がしました。
  
		
		沖縄の染織を見ていると、よく出てくる素材名に「トンビャン」があります。たいていカタカナ表記です。 
		以前から、これはいったいなんなのだろうと思っていました。 
		今回の展示では「桐板」という素材名が苧麻や木綿と並んで表示されていました。 
		それは見たところ、苧麻と同じか、それより薄い生地のようです。 
		「きりいた? とうばん?」と考えているうちに「あっ、トンビャンだ」と気づいたわけです。 
		サントリーの時はガラス越しだったため、素材をしっかり見ることができませんでしたが 
		これで「トンビャン」そのものを確認することができました。 
		しかし、苧麻でももちろん芭蕉でもなく「桐板」って何なんだろう? 謎だ!と思って 
		帰宅後調べたら、これが本当に「謎の織物」だったんですね。 
		サントリーの図録に解説が載っていました。ちゃんと読んでおくべきだった。 
		中国からの輸入品で素材は「苧麻説」と「竜舌蘭説」があるそうですが、判然とはしていないようです。 
		昭和初期に輸入が途絶えたままだということですが、中国のどこから輸入していたのでしょうか。 
		いまどき、DNA鑑定すれば、素材が何かは分かると思うのですが、調べる人がいないということでしょうか。 
		ご存じの方がいらしたら、教えてください。
  
		
		余談ですが、久しぶりに民藝館に行って、あらためて感心したことがあります。 
		民藝館では靴を脱いで館内に上がるのですが、用意されたスリッパが一見どこにでもあるような物なのに 
		すごく優秀だなと思いました。さすが用の美を追求する「民藝」の総本山です。 
		ふつう、病院とか、そう山手の西洋館とかにあるスリッパは底が硬くて、足につかず 
		ややもすると(私が不器用なのか)スリッパだけが先に行ってしまいます。 
		特にきものを着て足袋を履いていると、非常に歩きづらい。 
		板張りの民藝館は階段も長年使いこまれた木ですから、そんなスリッパでは私など「階段落ち」をやってしまいそうです。 
		ところが、ここのスリッパは底がふんわりしていて足から離れないのです。 
		こういうところ、すごいなと思います。
  
		
		おまけの写真です。 
		帰路、民藝館から駒場東大前駅へ歩いていたら、こんな素敵な塀を見つけました。 
		武骨な肌の塀に可愛い小皿が、あちこち嵌め込まれています。
		 
		  
		文・写真/八谷浩美 
		07 September 2012 
		
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