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		先日の「和・綿・更紗展2018」にいらした広島の方から、 
		「きものを着ると、どんないいことがありますか?」と、なんとも直球な質問をいただいた。 
		その時は「きものを着ているだけで、こんなおばさんでも他人様に褒めていただける」とか、 
		「友人の展覧会にきもので行くと感謝される」とか、そんなことしか答えられなかった。 
		しかし、いい機会なので、きものを着ることのメリットをあらためて考えてみようと思う。 
		あくまで私の個人的な体験的ではあるのだが、そのなかのいくつかは、ほかの方にも当てはまるかもしれない。
  
		「きものを着ると起こるいいこと」のひとつに、「きものが好き」と公言し、きものを着始めると、 
		周囲の方が気にかけてくださって、きものや帯が集まってくることがある。 
		私のきものは、90%が母の遺したものだが、私がきものを着始めると、 
		母の友人が「このなかから要る物だけ選んで。あとは返してくれていいから」と、 
		時々きものや帯の包みを持って来てくれた。これは大変ありがたかった。 
		なぜなら、母の好みをよく知る彼女が、母とは違うセンスで選んだきものや帯は、 
		手持ちのものに合わせやすいのに、ちょっと違った味を加えてくれたのだ。 
		ほかにもくださる方がいて、自分では選ばないであろうきものが、案外似合うことも発見できたりした。 
		母のきものといただき物のきもの。自分ではない人たちのきものが、私が着ることで私なりのハーモニーを奏で始める。 
		こんな面白さは、流行やサイズに支配される洋服では味わえないものだろう。 
		下の写真は、それぞれ別の方からいただいたきものと帯のコーディネート。
		 
		 
 
 
  
		
		「きものを着ると起こるいいこと」の二つめは、きもの仲間ができると、様々な情報交換ができること。 
		特に、きものをいかに楽にきれいに着るかについては、 
		自分一人ではなかなか分からない、ちょっとしたコツを知ることができる。 
		それが積み重なることで、だんだんときもの姿が板についてくる。 
		そうなると、きものを着ることがますます好きになる。言い換えれば、きものあそびの深みにはまっていくのだ。
  
		 
		
		
		
		三つめの「きものを着ると起こるいいこと」は、針と糸へのハードルが低くなること。 
		きものを着るにおいて、まず厄介なのが半襟付けではないだろうか。 
		針と糸を手にするなんてボタンが取れた時ぐらい、そんな人が多い現代である。 
		それが、きものを着始めるとある程度頻繁に針と糸を扱うことになる。 
		面倒くさいと思いながらも、半襟は汚れるものだから、取り替えなければ自分が気持ち悪い。 
		あるいは、リサイクルきものを着る場合、襦袢と袖の長さが合わなければ、 
		襦袢の袖をちょっとつまんで縫っておくと、きものの袖から襦袢が出ることがなくなる。 
		そんなこんなで、前よりも針と糸を頻繁に使うようになると、これがそんなに苦ではなくなっていく。 
		そうこうしているうちに、ちょっとしたものなら手縫いで作っちゃおうなどという大胆な気分になる。 
		今年、私が手縫いで作ったものを思い出してみると、数寄屋袋をいくつか、 
		夏に着る貫頭衣のようなブラウス2枚、うそつき半襦袢の袖1組、 
		麻のストール(これは周りをかがるだけ)、麻の余り布で作った帯締め、 
		イヤフォン携帯用の小さな袋、フェルトの斜め掛けバッグ。 
		とまあ、けっこう作っているが、さほど大変だったとは感じていないのである。 
		手縫いなら、仕事に隙間ができて、ほんのちょっと集中する時間を作れば、案外できてしまう。 
		これがポータブルミシンだと、出したり仕舞ったりが面倒だ。 
		手縫いは気軽に始めて、簡単に中断できるのがいい。
  
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		そして「きものを着ると起こるいいこと」の最も大きなものは、きものを介して多くの人と出会えること。 
		私が特に幸運だったのかもしれないが、仕事と家だけの生活では出会えなかったであろう人たちと出会うことができた。 
		まず、高校からの友人が装丁家の熊谷博人さんを紹介してくれて、 
		江戸文様と和更紗のコレクターでもある熊谷さんが私たちのWEBサイトに江戸文様のお話を毎週寄稿してくださった。 
		この友人には、今も心から感謝をしている。 
		サイトに「クマさんの文様がたり」を掲載したことで、 
		地方の和菓子屋さんや復興を目指す仙台の会社から意匠を使わせてほしいという依頼があったことも。 
		その熊谷さんから「もっと自分から表に出ていきなさい」とアドバイスをいただいたことは大きく、 
		様々なイベントに参加するようになると、染色作家、織物作家、図案師、伊勢型紙彫師、 
		工芸ライターなどなど専門家の方々とも交流ができるようになった。 
		きものが好きが高じてご自身でも型染めをなさる強者、裂を専門として古物商を営む若者、 
		型紙にインスパイアされて独自の切り絵を作り続ける若者などなど、楽しい遊び友達も増えた。 
		知り合った和更紗職人中野史朗さんの影響で、ベンガラに興味を持ち、布を染めてみることも始めたりしている。 
		そんななか、ちょっとした偶然を繋ぎ合わせ、中野史朗さんと白井仁さんの「和・綿・更紗展」に 
		横浜きものあそびの相棒の葉さんと関わることができたのも楽しいことの一つ。 
		そして、今年の「和・綿・更紗展」で冒頭のご質問をくださった方が、 
		なんと父の生まれ故郷、広島県三次市の方だった。その方は出張で東京に来て、たまたま展覧会の看板を発見し、 
		ギャラリーに入ってくださったという驚くような偶然の出会い。 
		関東では絶対に読めない私の苗字も「うちのほうでは誰でも読めます」なんておっしゃる。 
		こんな素敵なことが起こるんですよ、きものを着たら。
  
		 
		
		
		
		私に起こった「きものを着ると起こるいいこと」をいくつか挙げてみたが、 
		きものを通して自分の世界が広がる可能性もあることを、 多くの方に知っていただきたい。 
		「きものって大変でしょ」と思っている方へ。 
		ほんの百年ほど前には日本人の誰もが毎日着ていた衣服なのだから 
		着られないはずはないと、まず考えてみてください。 
		そして、その先には今のあなたが知らない、未来のあなたがいるかもしれない。
  
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		05 December 2018  文・写真/八谷浩美 
		
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